IDENSIL(イデンシル) 情報局

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#61 遺伝子検査×スポーツ支援における倫理とエビデンスの交差点

皆さんこんにちは。
今回は「遺伝子検査×スポーツ」をテーマにお伝えします。

アスリートを取り巻くコンディショニングの現場では、トレーニング、栄養、休養、メンタルなど、さまざまな角度からの支援が求められています。近年、そこに“遺伝子情報”という新たな視点が加わりつつあります。科学的な根拠に基づいてアスリートの体質を深く理解しようとする動きは進化を続けていますが、その一方で、遺伝子検査の限界や倫理的配慮、そして専門家の関わりの必要性についても、しっかりと理解し考えていくことが重要です。

 

遺伝子からわかるのは「傾向」であり、運命ではない

遺伝子情報は、筋肉のタイプ、スポーツ障害の傾向など、身体的特徴に関連する情報を「参考」として提供します。

しかし、遺伝子だけでその人がどのスポーツに向いているか、成功するかを判断することはできません

実際の競技パフォーマンスは、練習環境、生活習慣、食事、指導方針、そして本人の意欲やメンタルの安定など、無数の要素が複雑に絡み合って生まれるものです。

スポーツにおける「向いている・向いていない」は、単純な検査結果では語れない、極めて複雑で繊細なテーマです。

一部の遺伝子検査ではこれとは逆のPRをしているものもありますが、「わからないことを正しく伝える姿勢」も、アスリートやヘルスケアに関わる立場として、大切な責任と言えるのではないでしょうか。

遺伝子検査が提供するのは、あくまで遺伝的な体質の“傾向”です。それは選手の可能性を制限するための情報ではなく、どのように工夫してアプローチするかを考える「手がかり」に過ぎません。

 

情報の使い方と、倫理的な視点

遺伝子検査を取り入れる際には、その情報がアスリートにどんな影響を与えるか、十分に配慮する必要があります。検査結果を過剰に信じてしまったり、逆に意欲を削がれてしまったりするリスクがあるためです。

また、遺伝子情報は非常にプライベートでセンシティブなものです。取得や活用にあたっては、本人の納得と同意があること、適切な目的に基づいた使用が大前提であり、情報の取り扱いには高い倫理観が求められます。

遺伝子情報は“決め手”ではなく、“参考材料”であるという立ち位置を、常に念頭に置いておくことが重要です。検査結果が間違った形で受け止められたり、他人に判断材料として使われたりすることがあってはなりません。「この遺伝子型だからこの競技に不向きだ」といったようなレッテル貼りは(そもそも間違っている情報ですが)、選手本人の自信や意欲を大きく損なう恐れがあります。

私たちも含めた支援者が担うべきは、情報を正しく理解し、選手の可能性を広げる材料として活かす姿勢です。

 

専門家の視点こそが、遺伝子情報を“生かす”

遺伝子情報は、それ単体ではほとんど意味を持ちません。そこから導き出される「どう支援するか」「どんな生活習慣に活かすか」という答えは、トレーナー、理学療法士、アスレティックトレーナー、管理栄養士、スポーツドクターなど、身体や運動、健康の専門知識を持つ方々によって初めて、有効な形になります。

たとえば、靱帯損傷をしやすい傾向が遺伝的に示唆される場合でも、それだけで「怪我をしやすい選手」と判断するのは早計です。なぜなら、実際のコンディションや可動域、筋力バランス、フォームや動きのクセなど、現在の身体の状態を正確に見極めることが不可欠だからです。

こうした場面で重要になるのが、専門家によるフィジカルチェックやアセスメントです。選手の体の動かし方、左右差、既往歴、プレー時の負荷などを総合的に評価し、「この傾向があるからこうしよう」と対応する。そこには経験と知識、現場感覚を持つ人の判断が欠かせません。

また、同じ傾向を持っていても、フォームが安定していたり、補強トレーニングがしっかりできている選手であれば、リスクは大きく変わります。つまり、遺伝子の情報は「予測」ではなく「ヒント」に過ぎず、判断の中心にあるべきなのは、常に“今の状態”と“人の目”なのです

 

人の力と科学を掛け合わせた、新しい支援のかたち

しつこいようですが、遺伝子情報は、選手の可能性を制限するものではなく、可能性を広げるための手がかりのひとつであるべきです。結果にとらわれすぎることなく、「この傾向があるなら、こういう工夫もできそうだね」といった前向きなディスカッションのきっかけにすることが、活用の理想的なあり方であると私たちは考えています。

科学の力と人の力が融合することで、本当の意味での「個別最適化」が可能になります。

様々な技術が進化し、人の力の重要性が見直されている今だからこそ、専門家の関与がより大きな意味を持つ時代になっているのではないでしょうか。

科学的な情報と、人としての尊厳や感情を両立させながら、アスリートに寄り添った支援ができること。私たちは、そんな支援のあり方を今後も考えていきたいと思います。

 

 

今日のIDENSIL情報局は以上です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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株式会社グリスタが運営する、遺伝子情報を正しく活用するための メディアです。 ※IDENSILは、健康な方を対象に遺伝的傾向を把握するためのヘルスケアツールであり、医療的な診断・治療を目的とするものではありません。本コラムでも医療用の遺伝子検査ではなく、ヘルスケア分野での利活用に限定して紹介しています。

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